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兵庫県播磨高等学校の取り組み「読書の学校」の模様を発信中です。

副校長の読書散歩 #54

副校長の読書散歩

戦後70年

Selected by 安積秀幸副校長先生


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今年は戦後70年ということで、
8月1日には終戦の玉音放送*にかかわる情報が公開されました。

先日米山徹先生に、電話で、
「戦後70年という区切りの年は、
戦争を経験された方々からまだ体験談を聞くことができる年です。
80年、90年となると身近な方から聞けなくなってしまいます。
先生は終戦の8月15日はどうされていたのですか。」
とお聞きしました。

先生は、
疎開先で食糧調達に出かけていて玉音放送は聞いていない。」
と言われていました。
体験談を書いていただくようお願いしました。

戦争を体験した方々の生の声を、今聞いておかねばと思います。


*1945(昭和20)年8月15日正午、日本放送協会から放送された、
 昭和天皇による終戦の詔書の音読。太平洋戦争における日本の降伏を国民に伝えた。







十二月八日と八月十五日

十二月八日と八月十五日
半藤一利 著(文春文庫)



戦後70周年の今年は
第二次世界大戦にかかわる本が数多く出版されています。

この本を読むきっかけは、鳥取のYさんからいただいたことです。
私にとって新しい視点で書かれており、
興味深く通勤途中の電車の中で読みました。

真珠湾を日本軍が攻撃し、太平洋戦争が始まった「 十二月八日」と、
天皇玉音放送があり日本が無条件降伏をした「八月十五日」の様子を
時間ごとに分けて、どのようなことが起こり、
そのことに日本人がどのように考えていたかを
文人などの著作の中からの文も紹介しながら書かれています。

「十二月八日」では、米英に対する宣戦布告に
日本国中が狂喜乱舞した様子が書かれています。
ただ軍部の上層部の一部には、
勝ち目のない戦争に対し短期決戦でなければならない
という考えがあったことも記されています。

一方、「八月十五日」は、
天皇玉音放送前後の混乱が書かれており、興味深く読みました。
戦後生まれの私にとって、父や母から体験談を聞いてはいましたが、
「敗戦」ではなく「終戦」ととらえた当時の人々の感覚が
なんとなくわかるような気がしました。

別の本で、CDに収録された玉音放送を聞きました。
言葉のむずかしさと当時の雑音交じりの放送で、
本当にわかったのかどうかという思いです。
戦争を経験された方々にも当時の話を伺ってみたいと思います。






軍国日本と孫子

軍国日本と『孫子
湯浅邦弘 著(ちくま新書)



平成27年7月26日の神戸新聞の読書欄に紹介されていました。
その当時、毎日のように新聞やテレビでは
「安全保障関連法案」が報道されていました。

タイトルにある『孫子』は、米山徹先生から
学生時代に資料をいただいたことがあります。
また、この読書散歩の第10回に父の「囲師」にかかわる話を
紹介させていただいたこともあり、以前から興味を持っていました。

著者がこの本を書かれたきっかけは、
昭和天皇実録』が公開されたこと、
また、『昭和天皇独白録』に、太平洋戦争の敗因の1つとして
孫子の、敵を知り、己を知らねば、百戦危うからずという
根本原理を体得していなかったこと」が
あげられていたことだったと書かれています。

明治時代、大正時代、戦前と戦中、戦後の昭和時代に
孫子』がどのように読まれ解釈されたかが詳しく説明されています。
時の軍関係者がどのように『孫子』を利用したかを
興味深く読むことができました。
私は、どちらかというと戦後の「商戦としての『孫子』」
つまりビジネス書として『孫子』を読んでいます。

孫子』といえば武田信玄の「風林火山」が有名ですが、
あらためて『孫子』を読んでみたいと思っています。





* 「副校長の読書散歩」とは?