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兵庫県播磨高等学校の取り組み「読書の学校」の模様を発信中です。

参与の読書散歩 #63

副校長の読書散歩

葛飾北斎との出会い

Selected by安積秀幸参与先生

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葛飾北斎の絵との出会いは二つあります。
一つは米山徹先生からいただいた手摺木版「富嶽三十六景画集」です。


富嶽三十六景画集帙

手摺木版『富嶽三十六景画集』の帙。
「帙(ちつ)」とは和本を包んで保存するための装具で、とくに、複数の巻をまとめた本に用いられます。


神奈川沖

富嶽三十六景のなかでも最も有名な作品「神奈川沖波裏」。大きな波と、波に揺れる小舟の向こうに富士山が描かれています。


昭和40年2月に高見澤忠雄氏の監修で
「悠々洞」(出版社)から出された四十六枚の版画です。
県立豊岡高等学校勤務の時に学校所蔵の版画集の話で、
「版画の技術は素晴らしいですね」と「型押し」という技法について、
米山先生と酒を酌み交わしながら言った時の事でした。

「型押し」とは色を付けずに紙を板に押し付けて模様を写し取る技法です。
着物の模様や、袖口等に使われているのを見たこともあります。

歌麿(型押し)

歌麿(拡大)

「型押し」の技法を用いた喜多川歌麿の絵。下の方の女性の首や胸のあたりに色をのせずに線だけで表現しているところが見えます。ほかにも、女性の顔の輪郭を型押しで描いたものや、重ね着した着物の袖を型押しで表現している作品もあります。いずれも「粋」を感じさせます。

その時に米山先生は、「『富嶽三十六景画集』『東海道五十三驛画集』
歌麿名作撰』の三つの版画集をそろって持ってるよ。」
とおっしゃいました。
いつもの通り何回もおねだりして結局三つともいただいてしまいました。

東海道五十三驛画集帙

東海道五十三驛画集』(安藤広重)の秩。
東海道五十三驛画集』は、江戸時代に整備された「東海道」という道にある53の宿場を描いたもの。


最初に入っている目次

東海道五十三驛画集』の目次。「東海道五十三驛画順」とあります。


蒲原_convert_20160805193152

五十三驛のうち16番目の「蒲原(かんばら)」。蒲原町は、現在の静岡県清水区に位置します。


歌麿名作撰の帙

歌麿名作選撰』の秩


分割配本時の表紙

歌麿名作撰』(分割配本時のもの)

授業で物理を教えながら生徒と一緒にこの三つの版画を鑑賞し、
日本の芸術の素晴らしさについて話をしてしまったこともありました。

もう一つは、第49回で紹介しました友人と、20年ほど前になりますが
徳島から香川に移動する途中に一杯千円するコーヒーを飲んでいて、
その店の一角で「北斎漫画」の木版摺一枚を見つけたことです。
その後、出版元である京都の「芸艸堂」に伺い、セットで購入しました。

北斎漫画箱

北斎漫画』の入っている箱


北斎漫画帙

北斎漫画』の帙


北斎漫画3冊

北斎漫画』全15冊のうちの3冊


最初に購入した北斎漫画

北斎漫画』の中身。左がすずめ踊りをする男性を描いた「雀踊」、右が「相撲」。

その時、芸艸堂さんの蔵の中を見せていただき、
おびただしい数の版木を拝見した時の感動は今も忘れることができません。
版木というのは、印刷のための文字や絵を彫った板のことです。

再び「芸艸堂」に伺った時には
北斎と同じく近代日本を代表する画家である伊藤若冲
拓版摺りの「玄圃瑤華(げんぽようか)」一枚を購入しました。

眩

伊藤若冲「玄圃瑤華(げんぽようか)」(拓版摺り)。「玄圃」は理想郷を、「瑤華」は美しい花を指す。写真はこの作品集のなかの「瓢箪(ひょうたん)」を描いたもの。なお、2016年現在、伊藤若冲の生誕300年を記念して京都の細見美術館において回顧展が開催されています。

遊び心水墨画に満ちて(伊藤若冲)20160729神戸青空主義_convert_20160806094114

神戸新聞の記事(2016年7月29日付)


北斎漫画」は北斎没後も、13編が嘉永2年に出され、
15編は明治11年に刊行されています。
絵の指南書だけでなく、江戸時代の風俗や生活を知る上でも興味ある本です。







若冲


眩(くらら)
朝井まかて 著 (新潮社)



この『眩』を読むことになったのは、
平成28年6月26日の新聞の読書欄に紹介されていたことと、
図書室で岩崎先生との「何か面白い本はないですか」と聞いた時に
教えていただいたことがきっかけでした。

『眩』は、葛飾北斎の娘、應爲「栄」が主人公になっています。
父・北斎の胡坐をかいた足の上で
絵が描かれていくのを見ていたころからの話が書かれています。
本全体がテンポの良い文章で構成されていて、
北斎の絵に対する厳しい見方が、その文章のあちこちに現れています。
有名な「神奈川沖波裏」制作のシーンや
富嶽三十六景」と言いながら四十六枚あることなども紹介されています。

北斎が「富士超龍図」を書き始める時の、
弟子五助、栄との三人での会話に感動しました。
五助の「あたしなんぞ一人前じゃありません」から始まる
次の掛け合いが忘れられませんでした。

「まだ一筆も下していない束の間は、
 今度こそいい絵にできるような気がするのに、
 いざ仕上げてみたらいつもがっかりしちまうんです。
己の腕のほどを、己の絵に思い知らされます」

(中略)

「俺ぁな、五助。もう充分巧い絵師だ」

「はい」

「だが、巧いことと絵の奥義を極めることとは別物だ。
どうだ、巧いだろうってぇ絵には品がねぇし、
わざと無心を装ったような絵も見られたもんじゃねぇ。
俺ぁな、描けば描くほど、絵がよくわからなくなる。
ただ、それが苦しいからといって目指すところを
低うしたら、己の目論見よりさらにひどいことにならあ。
・・・・・・つまり、描き続けるしかねぇんだ」

(中略)

「そうやって己が及ばぬことを知っているから、
いい絵を描こう、巧い絵を描こうってぇ自らの欲を振り捨てて、また挑む。
その時がきっと道に上達する時なんだろうけれど、
それも本人にはわからない。後で振り返ってみて、
ああ、あの絵で何か一つ乗り越えることができたのかと思うだけで」

いいですねえ。このような場面に出くわし、
教えていただいた五助さんは本当に幸せですね。
米山先生にいただきました『富嶽三十六景』や、
偶然見つけた『北斎漫画』もおもしろく出てきます。
いろいろな事件が起こりますが、
読み終えてテンポの良さとさわやかな感じの残った一冊でした。



* 「副校長の読書散歩」とは?