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兵庫県播磨高等学校の取り組み「読書の学校」の模様を発信中です。

参与の読書散歩 #62

副校長の読書散歩

新聞が教えてくれた本

Selected by安積秀幸参与先生

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新聞はいろいろな本を紹介してくれます。
コラム、記事等を読んでいて
書かれている方はよく本を読んでおられるし、
またいろいろなことをよく御存じで、いつも感心してしまいます。
第29回の「新聞記事がきっかけで」をはじめ、
新聞で知った本のことも多く書いてきました。

今回は、新聞の読書欄や記事、コラムで紹介された本です。
全くジャンルの違う本ですが、
どれも興味深く読むことができました。




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神戸栄町アンティーク堂の修理屋さん
竹村優希 著 (双葉文庫



平成28年6月19日の神戸新聞「ひょうご選書」で紹介されていました。
タイトルの「神戸栄町」や「アンティーク」の言葉にひかれて
仕事帰りに本屋さんに寄って買いました。
本屋さんでは検索システムで探しても見つけることができず、
お店の方にお願いしました。

持っていたメモには「栄町」が抜けていました。
どおりで検索できなかったわけです。
電車の中で読み始めましたが、
もう少しで乗り越しをしてしまうところでした。

主人公「寛人」の両親が離婚した時、
古道具屋「アンティーク堂」を経営していた
祖父「万(よろず)さん」は、孫の「寛人」に、
  
  「俺のことはおじいちゃんと呼ぶな」
  「なんで?・・・・・・もう、僕のおじいちゃんでなくなったから?」
  「ああ。せやから俺はお前の友人になってやる。
  俺のことは万さんと呼べ」

と言います。それから10年。万さんは、
営んでいた古道具屋「アンティーク堂」を寛人に引き継がせて
亡くなってしまいます。
その時から「なぜ、僕が?」と考え続けます。

アンティーク堂に住み着いている修理屋の女性茉莉さん、
バイオリンの天才少年で生意気な北崎天馬くん、
砥峰高原で農場を営む谷原真二さん、真二さんの孫の凛ちゃん……と、
寛人はあたたかい雰囲気に包まれます。
また、寛人の元恋人の花沢咲さん、
茉莉さんにスカートの修理を頼みに来た芦屋の女性、
娘を亡くし、バラバラになったジグソーパズルを
元に戻すことを頼みに来た武井さん
と、登場人物はあまり多くありません。

寛人は、その人たちとのいろいろな騒動にまきこまれます。
そのひとつひとつの騒動が心あたたまる騒動なんです。
その騒動で、一歩ずつ寛人は答えを見つけていきます。
家族のあたたかさと「思い出」を感じる素晴らしい作品です。




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尾崎放哉句集
池内 紀 著 (岩波文庫



尾崎放哉を教えてくださったのは、鳥取のYさんです。
尾崎放哉は鳥取出身です。
尾崎放哉といえば「咳をしても一人」という有名な句を思い出します。
初めてこの句をお聞きした時は
「えー、これが俳句」と思わず言ってしまいました。
放哉の人生を読んでからは、「ふ〜ん」でした。
先ほどの「神戸栄町アンティーク堂の修理屋さん」とは違う、
さみしさが漂う1冊です。

尾崎放哉は須磨寺にも滞在したこともあって、
時々新聞にも紹介されます。
平成26年6月6日には神戸新聞の正平調で、

「仏にひまをもらつて洗濯してゐる」

「氷店(こおりみせ)ひよいと出来て白波」

の2つの句が紹介されています。
また、平成28年4月29日の神戸新聞随想に、
たかとう匡子さんは、
須磨寺にある尾崎放哉の
句碑「こんなよい月を一人で見て寝る」を紹介されていました。
新聞で紹介されたときに妻と話をしましたところ、
「言いたいことがよくわかる。」という感想から、
しばらく尾崎放哉の話をしました。

この句集では、「こんなよい月を一人で見て寝る」は
大正14年の句として紹介されています。
明けて大正15年に「咳をしても一人」が紹介されています。
晩年に寺の堂守をしている一人だけの生活を、
多くの句に詠んでいます。
ほかにも、寂寥感あふれる句が紹介されています。

「ぽつかり鉢植えの枯木がぬけた」

「底がぬけた杓で水を呑もうとした」

「節分の豆をだまつてたべて居る」

ひとり暮らしと自然。
季節の移り周りを感じる句が並んでいます。

句の後に「入庵雑記」が掲載されています。
「島に来るまで」「海」「念仏」「鉦たたき」「石」「風」「灯」
の題のついた文が掲載されています。
鳥取のYさんからいただいた、編集者の池内紀さんが
鳥取で講演会をされた時の資料を探そうと思っています。




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誤解だらけの日本美術
小林泰三 著 (光文社新書



この本は平成27年12月4日に
「古美術の本来の姿最新技術で再現」
という見出しで紹介された記事で知りました。
俵屋宗達尾形光琳の「風神雷神図屏風」や
興福寺の阿修羅像等は経年変化に伴い
現在の色とは全くと言っていいほど違っていたと書かれています。
それをデジタル処理して再現した著者の考えや、
その過程が書かれています。
著者の発想が本当に興味深く、
通勤電車の中でも楽しく読むことができました。
ことさら造られた当時や書かれた当時の再現は
色を中心とした復元作業の話なので、
多くの素晴らしいカラー写真とともに読むことができました。

「制限だらけの鑑賞スタイル」では2014年4月に東京国立博物館
キトラ古墳壁画展に行かれた時の話が書かれています。
事前にスマートフォンでチェックしながら
待ち時間を短くする時間帯を調べられた著者は、
建物に入るのに1時間、館内で30分待たれ、
ゆっくりとしたベルトコンベアーのように進みながら
「立ち止まらないでください」という声に
「ただ見よ、後で考えよ。」という鑑賞に疑問を呈しておられます。

このような鑑賞法は、文化の熟成という意味ではよくない。
日本美術を鑑賞するにあたってもっとも大切なのは、
「時の移ろいに身を置く」ことだからである。
と言い切っておられます。全く同感です。
私は常々「本物をじっくりと手に取って感じる」ことが
大切だと思っています。
本物の美しさを肌で感じることと思っています。

著者は、デジタル処理をした文化財をじっくりと観察されています。
うらやましい環境です。
3Dプリンターで作成したものでもいいから、
本物とは違うことを前提に、
ゆっくりと手に取って鑑賞したいと思うのは私だけでしょうか。




* 「副校長の読書散歩」とは?