兵庫県播磨高等学校の取り組み「読書の学校」の模様を発信中です。

副校長の読書散歩 #43

「踏絵」に関係する三冊

Selected by 安積秀幸副校長先生


踏絵 2



平成26年10月にポーランド研修旅行で
姉妹校のナザレ校、大統領宮殿、ワルシャワ市内、
クラクフ市内、アウシュビッツ等を訪問しました。

ナザレ校はカトリックの学校で、キリスト教の様々な施設があります。
ナザレ校の校長先生はじめ多くのシスターが集う夕食会に招待され、
その時のスピーチで鎖国時代のマリア観音信仰について
日本史でも取り上げていることを紹介しました。
非常に興味を持っていただけたと感じました。

10年以上も前になりますが神戸に勤務していた時に、
本当に偶然としか言いようのないことですが
真鍮製の「踏絵」と遭遇し、
それが今、私の手元にあります。

表にはキリスト像
裏には「寛文九年十二月日造之」と
「改邪宗門用」という文字が彫られています。

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東京国立博物館に当時の同じような踏絵が
19枚保管されています。
江戸時代長崎奉行所で使用されていたものです。
以前東京国立博物館に行ってお願いをしてみましたが
見せてもらえませんでした。

踏絵とともに、切支丹禁制の高札*の話も数多くありますが、
兵庫県立出石高等学校には
養父郡浅間村に掲げられた高札が残されています。
豊岡に勤務していましたときに拝見しました。


高札

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*高札(こうさつ):
 法令や犯罪人の罪状などを一般に告知するため、
 その内容を記して往来や広場に掲げられた板のことです


ナザレ校の先生とも「踏絵」の話をしたこともあり、
関連の本を読んでみました。
キリスト教徒でない私には感覚としてわからないところがありました。









沈黙

沈黙
遠藤周作 著(新潮文庫



アウシュビッツ訪問の際に案内していただきました
中谷剛さんが推薦された本のうちの一冊がこの『沈黙』でした。

ポーランド研修から帰ってきてからの
ナザレ校の先生とメールのやり取りの中で、
英語に訳された『沈黙』を読まれたと知り、読んでみることにしました。

キリスト教徒である著者が、
鎖国時代のキリスト教弾圧をテーマに書かれた小説です。
日本でキリスト教が弾圧され、
師でもあり尊敬する教父がキリスト教を棄教したという情報で、
ポルトガルから3人の司祭が日本を目指します。

そのうちの一人、ロドリゴの心の動きが見事に書かれています。
隠れての布教、役人からの逃亡、捕縛され棄教を強要され続け、
ロドリゴはその過程で何回もキリストに
「なぜあなたは黙っておられるのですか。」と問い続けます。

長崎奉行の井上筑後守の策略で、
棄教しない日本人キリスト教徒の拷問の様子を耳に入れられ、
既に棄教した師の教父からも棄教を促され、
とうとう踏絵を踏んで棄教してしまいます。

解説で佐伯彰一氏が書かれていますが、
史実に基づいた小説ということです。

アウシュビッツで行われた虐殺と
鎖国時代のキリスト教弾圧時に行われた虐殺と、
当時の権力者の考え方にどこか似通った感じを覚えながら
読み終えました。

機会があればナザレ校の先生とも
このことについて話ができたらと思っています。









青銅の基督

青銅の基督
長与善郎 著(岩波文庫



この本のタイトルは『青銅の基督』となっていますが、
主人公である鋳物師萩原祐佐が
実際に作成したのは真鍮の踏絵であり、
青銅ではありません。

青銅はブロンズともいい、銅と錫の合金で、
十円硬貨の材料です。
一方真鍮は、黄銅ともいい、銅と亜鉛の合金で、
五円硬貨の材料です。
東京国立博物館に残されている踏絵も真鍮のようです。

主人公の祐佐は真鍮製の踏絵を作った人物として有名です。
その祐佐が思いを寄せる女性はモニカというキリスト教徒ですが、
父親に「キリスト教徒でないなら結婚はできない。」と断られます。

モニカの弟の誘いで降誕祭に行きますが、
役人に踏み込まれて逃げます。
その前に、祐佐は降誕祭に行く途中に役人と出会い、
「降誕祭に行きなさい。そして踏絵を作ってください。」と言われます。
その通りの展開になりますが、
祐佐の周りの人物関係が面白いと思っています。

萩原祐佐の作った真鍮製の踏絵のできが非常によかったので
様々な疑いをかけられ逃げようとしますが捕えられます。
祐佐の心の葛藤が興味深く書かれています。
しかし、踏絵を作ってからの展開が速すぎて
物足りなさを感じます。

この小説は、
「萩原祐佐は最後迄決して切支丹ではなかったのである!
彼は只一介の南蠻鑄物師にすぎなかったのである!」
という言葉で終わっています。
この一文は、作者も蛇足と言っているそうですが、
このことをどう感じ、思うかは
読者に任せればいいのではないでしょうか。









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踏絵 禁教の歴史
片岡弥吉 著(NHKブックス



この本を知ったのは既に絶版となった後でした。
図書館で借りて読みましたが、
結局インターネットで調べて取り寄せました。
踏絵に関する研究の集大成というべき本だと思います。

誰が踏絵を考え出したのか、紙の踏絵、
キリスト教徒から没収した金属製鋳造レリーフ聖画像を
板にはめ込んだ板踏絵、
寛文九年(1669年)に鋳造された真鍮踏絵を
長崎奉行が鋳物師萩原祐佐に作らせたこと、
踏絵がいつ廃止されたかなど
踏絵に関する歴史だけでなく、当時の人々の生活に
どのような影響を与えたのということや、
踏絵御免の特例があったことなど、
広範囲にわたって知ることができます。

また、「踏絵と文学」の章では、
先述しました『沈黙』と『青銅の基督』が紹介されています。

長崎奉行所に保管されていた踏絵は当初20枚作られて、
近隣の藩にも貸し出されていました。
当時使用された踏絵19枚は外国人からの購入希望があり、
対応に困った末に、国に移管され、
現在東京国立博物館に保管されています。
足らない1枚は貸出途中に
海に落としてしまったという話もあります。

踏絵について多くのことを学ぶことができました。






* 「副校長の読書散歩」とは?