兵庫県播磨高等学校の取り組み「読書の学校」の模様を発信中です。

副校長の読書散歩 #41

写本にまつわる2冊

Selected by 安積秀幸副校長先生

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昔の人は本を読むために大変な苦労をされています。
持っておられる方にお願いして借りて、自分で懸命に書き写しておられます。
私も以前に似たようなことをしましたが大変な時間と労力がいります。

お茶を始めたころ、
栄西が書かれた『喫茶養生記』上下2巻を読みたくて探しました。
塙保己一がまとめた『群書類従』にあることを知り、
卒業した高校の先生にお願いして高校の図書館から借りました。

当時コピー機があまり普及していなくて手で写すことにしました。
しかし、写すということは単に読むだけと違ってよくわかります。
漢字ばかりでしたが、なんとなく意味もつかむことができましたし
喫茶養生記』と名前がついていますが、下巻はお茶の話ではなく
桑の話であることもわかりました。

写本にまつわる2冊の本を紹介します。







彫残

彫残二人
植松 三十里 著(中央公論新社



平成20年11月16日の神戸新聞読書欄に紹介されていました。

主人公は林子平
この小説は、林子平が『三国通覧図説』を
出版するところから始まります。

私の手元に、「嘉永辛亥霜月(1851年11月)写終ル」と書かれた
『三国通覧図説』の写本と『三国通覧輿地路程全圖』があります。
この写本と地図は、もともと米山徹先生が持っておられました。
10年以上も前になりますが、
東京へ出張して酒を酌み交わしながら
和綴じの本の話をしておりました。
突然こんな会話が始まりました。

「三国通覧図説と地図の写本を持っているよ。」
「そんな話今まで聞いたことがないですよ。」
「そりゃそうだ。言ったことがないからな。」
「先生、その本、私に下さい。」
「そりゃだめだ。何ということを言うんだ。」
「普通に言えば、私の方が長く生きています。
本にとって、欲しい欲しいと思っている人の手に渡ることが、
その本にとって一番うれしいことであって、
本にとっても本望なんではないですか。」
「その話は、なかなか聞くわけにはいかんな。」
「そんなことを言わずに、私に下さい。」

その後、会うたび、「下さい。」「だめだ。」の繰り返しでした。
「なかなかきくわけにいかんな」の「なかなか」に期待して、
5年間言い続けました。
とうとう米山先生も根負けされて
「しかたがないなあ。」ということになりました。

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米山先生からいただいた『三国通覧図説』の表紙


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『三国通覧図説』のはじめのページ


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蝦夷地(北海道のなかのアイヌ民族の居住地)を説明したページ。
オットセイ狩猟の図です。


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『三国通覧図説』の最後のページ。「写終ル」とあります。


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『三国通覧輿地路程全圖』の表紙


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『三国通覧輿地路程全圖』


ということで、『三国通覧図説』という文字を目にして、
この本を次の日に買いました。
発禁となった『海国兵談』の版木*を持っての
松平定信の追っ手からの逃避行の小説です。
しかし、『三国通覧図説』は
オランダ商館長が国外に持ち出したという説もあり
何人かの手を経て、フランス語に訳され、
『SAN KOKF TSOU RAN TO SETS』として
パリで出版されました。

ペリーが小笠原諸島の領有を主張した時、
林大学頭がこのフランス語訳の
『三国通覧図説』を突き付け、日本の領有を証明したとあります。
フランス語に訳された『三国通覧図説』を図書館で取り寄せていただき、
添付の地図はコピーさせていただきました。

私にとって、思いのこもった一冊です。

*版木:文字や絵などを彫刻した木の板で、印刷に用いるものです。









耳袋1  耳袋2

耳袋1 耳袋2
根岸 鎮衛 著/鈴木 棠三 編注(東洋文庫



佐渡奉行から勘定奉行になった著者が、
巷の話の中で興味を持った話をまとめた随筆集です。

もともと江戸時代の随筆を読むのが好きだったところへ、
米山徹先生の知っておられる方が
『耳嚢』の写本を持っておられる話を聞き、
お借りしてスキャナーで読み取ることも許していただけるかどうかを
聞いていただきました。
快諾いただき米山徹先生から送っていただきました。
写本ですから崩し字で書かれており、読むのに大変時間がかかります。
スキャナーで読み取り、2部印刷して
米山徹先生とお借りした方にお渡しをしました。

東洋文庫本と写本を比較してみました。
写本は1冊でしたので、東洋文庫本の一部でした。
取り上げられた話の順番も大きく違っています。
写し取る方の興味関心によって元のものと違っているのも
興味深いものがあります。

読んでいて面白かった話には付箋を貼っていますが、
かなりたくさん貼っています。
「小刀銘の事」に初めて付箋を貼っています。
この話は、大石良雄大石内蔵助)の小刀の話で
赤穂にまつわる話として貼ったようです。
私たちの感覚と違った観点で話を集められていますので、
話の中身と種類に大変魅かれました。

現代ものと違った古典を気軽な気持ちで読んでみませんか。



ダウンロード
現在は岩波文庫版がより入手しやすくなっています。




* 「副校長の読書散歩」とは?